みみずく通信

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No OCaml, No Life

突然ブログを更新したくなったので、大学のPCからこの記事を書いています。

僕は情報科学、いわゆるIT(正確には僕がやってるのはComputer Scienceですが)を専攻しています。今はOCamlというプログラミング言語について学んでいます。僕が今まで学んできたCやJavaが命令型言語と分類されるのに対し、OCaml関数型言語と呼ばれるプログラミング言語です。わかりやすく言うと、英語を学んでいたらいきなり「これからはフランス語を学ぶぞ!」と言われた感じです。英語は一番メジャーですし、日本語のサポートもいろいろありますが、フランス語を学ぶのはなかなか骨が折れます。さらに、我々の教授は「OCamlを使って論理型言語のコンパイラを実装しろ」と言います。わかりやすく言うと、フランス語を学んでいたらいきなり「フランス語を使ってロシア語を定義するぞ!」と言われた感じです。インド人もびっくりですね。フランス語も拙いのにロシア語の文法についてフランス語で説明するんですよ?ガンジーもびっくりですよ。でもガンジーは非暴力・不服従でよかったですが、我々はそうもいきません。非暴力・不服従を貫いていたら留年するだけです。もうおわかりですね?これは現代に蘇った帝国主義です。しかも、敵は列強だけではありません。OCamlは非常に厳密な言語です。そのせいか、OCamlOcamlと書くとフォロー外からいきなり「OCaml, not Ocaml」とリプライが飛んできたり、「OCamlをおーきゃめるって発音するのは無理があると思う」とツイートするとフォロー外から「中の人がそう呼んでるので諦めてください」と飛んできたりします。もう完全に世紀末です。日本語の文献はわずか、周りはモヒカンばかり。課されるレポートはまるで地獄の責め苦の新アトラクション。第一次世界大戦のドイツ軍支配下におけるユダヤ人……には流石に及びませんが、近い状況に我々はおかれています。アンネ・フランクの悲劇を繰り返すな。言語の前に歴史を学べ。我々は切に願っています。